永遠のゼロ(百田尚樹)

文庫本になった話題の名作を読了。感動的な小説だった。カミさんが買ったのを僕が横取りして読み始めて止まらなくなった。百田尚樹という作家のデビュー作。この作家の他の作品も読みたくなった。

通勤の電車の中で読んでいるときは、涙があふれてくるのを抑えるのに苦労した。最後の第12章あたりからはとうとう涙腺のダムが決壊し、読み進めることも困難な状況になる。歳のせいで涙もろくなったのでは断じてない。この小説がすごいからしようがないのだ。

主人公は大正8年生まれの宮部久蔵という零戦(海軍零式戦闘機)のパイロット。終戦直前に特攻で戦死。26歳だった。パイロットとしても人格としても立派な人間だった。魅力的な人物だ。この宮部久蔵という人物のことを想うと、架空の人物だとしても今でも胸が熱くなる。本当にこのような人が当時いたに違いないと思ってしまう。

彼の孫にあたる姉弟の二人がこの祖父の真実を調べるために当時の戦友の生き残りたちを訪ねる。そして宮部久蔵の謎と太平洋戦争の真実がじょじょに明らかにされていく。

この小説の構造というか語り方は何かに似ている、と思った。夢幻能の仕組みに似ているのではないか。60年前の戦争を生きた元軍人の老人たち一人一人の語りによって、当時の現実がまざまざと蘇るリアリティー。おどろくべき真相のベールが少しずつはがされていく臨場感がすごいのだ。今現在と60年前が交錯し、この交錯感に読者は圧倒される。これは能の劇構造、とくに夢幻能の構造に似ているのではないか。

主人公の孫の姉の口から語られる海軍の構造的な問題の指摘はするどい。戦争論としても秀逸な小説だ。

さらに、零戦という世界に冠たる日本技術のすごさと残酷さの真実は、すぐれた技術論としても極めて興味深い。史実と資料を読み込んで丁寧に書かれている。すぐれた技術史。

戦争とは何か。人間とは何か。生きるとは何か。愛とは何か。技術とは何か。これら諸々の根源的な疑問に対する答えが詰まっているような小説。

とにかく、この小説はすばらしい。

永遠の0 (講談社文庫)

永遠の0 (講談社文庫)