「アビガン」で新型コロナは迎撃できるか…素朴な疑問に答える

今朝配信された塚崎朝子というジャーナリストの署名記事。

●「アビガン」で新型コロナは迎撃できるか…素朴な疑問に答える
3/4(水) 6:02配信

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「アビガン」こと「ファビピラビル(一般名)」
写真:ロイター/アフロ


目に見えない難敵、新型コロナウイルスとの人類との闘いは、持久戦の様相を呈ししてきた。その最大の原因は、有効性が証明された治療薬がまだないことだ。加藤勝信厚生労働大臣に続き、2月29日に会見を行った安倍晋三首相が、治療薬候補として筆頭に挙げたのが、日本発の薬、富士フイルム富山化学の「アビガン」である。インフルエンザ治療薬として熱い期待を受けて誕生しながら、“お蔵入り”していた薬が、伝家の宝刀となるのか--。

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まず、新型コロナウイルス感染症への効果が期待され、日本でも患者への投与が開始されている「アビガン」の歴史をざっと振り返ろうーー。

アビガンを開発した会社は今でこそ富士フイルムの傘下にあるが、当時の社名は富山化学工業(以下、富山化学)と言った。“薬売り(配置薬)”で有名な富山県は、300年の歴史を持つ薬どころで、今も約60社の製薬企業がひしめく。1936年に創業された富山化学は、化学薬品の製造・販売を手掛け、合成ペニシリン製剤の開発をはじめとして感染症領域に力を入れていた。

1990年代、世界に通用する抗ウイルス薬の創薬に意欲的で、富山大学のウイルス学者である白木公康氏(現・金蘭千里大学副学長)と共同研究を進めることになった。

細菌に対する抗菌薬(抗生物質)に比べると、抗ウイルス薬の開発は格段に難しい。細菌などは自ら細胞分裂して増殖するが、ウイルスは最小限の自己複製能力しか持たず、感染した宿主の細胞に寄生して増えるため、宿主細胞には害を与えず、ウイルスだけを抑える薬を創らなくてはならないからだ。

富山化学は、得意の化学合成技術によって約3万の化合物を次々と創り出し、毎日600ずつ調べていった。細胞とウイルスを入れたシャーレに化合物を入れ、細胞が生き残るかどうかを見る古典的な試験を繰り返す中で、インフエンザウイルスの合成を抑える作用を持つ物質が見つかった。その化学構造を一部変化させて、薬として最適化したのが、後の「アビガン」こと、「ファビピラビル(一般名)」である。

動物実験の結果から、インフルエンザ治療薬としての用途が確実視された。しかし、欧米ではインフルエンザにかかっても安静にするだけで薬を使用しないため海外の提携先が見つからなかった。想定される国内需要だけでは莫大な開発費を賄えず富山化学の開発は頓挫していた。

そこへ光を当てたのは米国防総省だった。湾岸戦争時、兵士たちへのバイオテロ対策として、天然痘炭疽菌のワクチン(未承認)を接種したが、副作用で不調をきたす者が出た。このため、米軍では、食品医薬品局(FDA)に承認されている薬以外は用いてはいけないことになった。

そこで米軍は考えた。インフルエンザウイルスは、RNAウイルス(遺伝物質としてDNAではなくRNAを持つウイルス)である。もし、アビガンがインフルエンザ治療薬として、ひとまずFDAに承認されれば、適応外(承認された疾患・用法以外)であっても、エボラ出血熱やラッサ熱などの致死性のRNAウイルス感染症に用いることができる、と考えたのだった。米国防総省はアビガンの開発を後押しし、2012年には約1億4000万ドルを富山化学に助成した。

アビガンの仕組みは、ウイルスが感染した細胞内に入り込み、ウイルス増殖に必要な酵素の働きを止めて増殖を阻止するというものだ。インフルエンザに用いた場合は、病状が進行していてもウイルス量を減少させられる。様々な型のウイルスに対して、幅広く効果を示した。薬剤耐性(微生物が薬剤に抵抗性を持ち効きにくくなる現象)が極めて出にくいことも特徴だ。

反面で、安全性試験では、初期胚の致死(ラット)や催奇形性(サル、マウス、ラット、ウサギ)という重大な副作用が見つかった。流産したり、障害を持った子が生まれたりするリスクがある、ということだ。

富山化学は、07年から日本国内での治験開始に踏み切ったが、08年には医薬品事業への本格参入を目指す富士フイルムに1300億円で買収された。これで300億円の開発費を調達すると治験が加速され、11年に日米の治験データに基づき、国内で製造販売の承認を申請した。しかし、通常1年ほどの審査に3年を要し、14年3月、但し書き付きで承認された。

その条件とは、他の抗インフルエンザウイルス薬が無効または効果不十分な新型または再興型(かつて世界的流行があったが、現在ほとんどの人が免疫を獲得していない)インフルエンザウイルス感染症が発生し、国が判断した場合にのみ、患者への投与が検討される、というものだ。当然ながら、妊婦や妊娠している可能性のある人は使用できない。

新型インフルエンザが発生した場合、新たなウイルスに対しての免疫は誰も持っておらず、ヒトからヒトへと容易に感染してパンデミック(感染爆発)を起こしかねない上、重症化する人が増えると予想される。このため、有識者会議の提言に基づき、既に国内では200万人分のアビガンが備蓄されている。

そして、ほぼ全ての人類が免疫を持たないこの度の新型コロナウイルスも、新型インフルエンザと同様にRNAウイルスであることから、アビガンを新型コロナウイルス治療に用いる可能性が大きく注目されることになったのだ。

新型コロナウイルスに感染しても、感染者の約80%はインフルエンザと同様に、あまり症状が悪化することはない。肺炎を併発している20%の感染者を早期に診断、治療できるかどうかが新型コロナウイルス感染症では治療の鍵となる。

白木氏は、「PCR検査により診断できることが望ましいが、PCRをしなくてもCT画像による診断で肺炎を起こしていると分かれば、その時点からアビガンを服薬することでウイルス増殖が抑えられ、救命できる可能性がある」と語る。

政府は、アビガン以外に、レムデシビル(抗エボラ出血熱薬)とカレトラ(抗HIV薬)も治療薬候補に挙げている。

白木氏は、「カレトラが有効であれば、感染の広がりを抑える薬であることから、アビガンとの併用により治療効果を高められる」とみている。アビガンは、新たに感染する細胞には非常に有効だが、既に感染した細胞に対する作用は限られる。一方、カレトラは、既に感染した細胞からのウイルス産生を抑制できる可能性があり、重症者への治療では望ましいという。

アビガンが脚光を浴びるのは、2014年に西アフリカでエボラ出血熱が流行した際に治療効果が認められて以来のことだ。国内では、新型コロナウイルス対策として、既に富士フイルム富山化学ではアビガンの増産を開始している。

白木氏は、「アビガンは、致死的な感染症に対する“切り札”的な薬であり、服薬の必要性と他の選択肢について十分な説明を受けた上で、納得して服用してもらいたい」と語る。

有史以来、人類は、天然痘、ペスト、チフスコレラ破傷風結核エイズ……など、死病と恐れられていた伝染病(感染症)と闘いながら、生き永らえてきた。一国あるいは一地域に暮らす大多数の人が死亡するなど、伝染病は時として、歴史を左右するほどの脅威となった。例えば、インカ帝国は、麻疹(はしか)や天然痘により人口崩壊を起こしたことで滅亡したとされる。

令和の今、これらの疾患による死を意識することが稀になったのは、薬と公衆衛生により人類に勝利がもたらされたからだ。新型コロナウイルスについても、治療薬や予防のためのワクチンの開発に期待しつつ、公衆衛生の原点に立ち返り、一人ひとりが「社会全体としての健康を維持するように努める」こと。それこそが、今できることだ。



文:塚崎朝子(つかさきあさこ)ジャーナリスト
読売新聞記者を経て、医学・医療、科学・技術分野を中心に執筆多数。国際基督教大学教養学部理学科卒業、筑波大学大学院経営・政策科学研究科修士課程修了、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科修士課程修了。著書に、『iPS細胞はいつ患者に届くのか』(岩波書店)、『新薬に挑んだ日本人科学者たち』や、アビガンの開発ストーリーについて詳しく書かれた『世界を救った日本の薬 画期的新薬はいかにして生まれたのか?』(いずれも講談社)など。最新刊に、『患者になった名医たちの選択』(朝日新聞出版)

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