米空母派遣でも「北朝鮮攻撃」の可能性はほとんどない理由(田岡俊次)

朝鮮半島情勢がとても気になる今日この頃。

昨夜は韓国から久々に来日された弁理士と飲みながらいろんな話をしました。もちろん半島情勢についても。

日本に来て、北朝鮮情勢の危機を煽るようなメディア報道にあふれていることに驚いている様子でした。韓国のテレビでは、いつもと変わらないそっけない報道(せいぜい5分程度)にとどまっているようだ。(パニックにならないための報道統制が敷かれているのかもしれませんが)

米国からの先制攻撃が話題になっていますが、ソエ爺が予測しているように、それはおそらくあり得ないだろう。

北朝鮮の核施設を攻撃するとしても、核施設は地下にあり、場所が特定されない限り、ピンポイントの攻撃は困難。その間に反撃されて大変な事態になる。そんなことが現実に実施されるとは考え難い。


軍事ジャーナリストの田岡俊次氏も同じような分析をしている。

■米空母派遣でも「北朝鮮攻撃」の可能性はほとんどない理由■
田岡俊次:軍事ジャーナリスト
http://diamond.jp/articles/-/124912

 4月6日、7日のフロリダ・パームビーチでの米中首脳会談翌日の8日、米太平洋艦隊は原子力空母「カールヴィンソン」(9万3000t、約60機搭載)を北西太平洋に派遣すると発表した。同艦は3月からの米韓合同演習「フォール・イーグル」に参加後シンガポールに寄港、オーストラリアを親善訪問する予定だったが、俄かに朝鮮半島周辺海域に向かった。

 米中首脳会談では双方とも「北朝鮮の核・ミサイル開発が深刻な段階に達した」との認識を示し、「国連安保理の制裁決議の完全な履行」で一致したが、具体的な方策は決まらなかった。トランプ大統領は「米国が独自の行動を取る可能性」を示唆し、その姿勢の表明として空母を派遣した、と見られる。

 だが、米国にとっても北朝鮮に対する攻撃は第2次朝鮮戦争に発展する公算が大で、米軍、韓国軍に多大の人的損害が出るのみならず、韓国と北朝鮮に致命的な災禍をもたらすから、空母派遣も北朝鮮と中国に向けた一種の政治的ジェスチャーに過ぎないだろう。ただし、威嚇が効果をあげない場合、トランプ大統領は振り上げた拳を振り下げざるをえない立場になる危険はある。

 全面的攻撃ではなく、北朝鮮の首脳部や指揮中枢に対する特殊部隊の急襲が検討されている、と報じられるが、要人の所在もリアルタイムで知ることは極めて困難、これも全面戦争の口火となる公算が高く現実性は乏しい。

●過去にも核施設攻撃を検討
米韓の被害も大きく諦める

 米国は1994年にも北朝鮮の核施設に対する 「外科手術的攻撃」(surgical strikes)を検討した。1990年にソ連北朝鮮を見捨てて韓国と国交を樹立、92年に中国もこれに続いたため、孤立した北朝鮮は核開発を始め、93年にはNPT(核不拡散条約)脱退を宣言した。

のち脱退は留保したが、査察には非協力的で、核兵器製造を目指している疑いが濃厚となった。このため93年1月に発足したクリントン政権では寧辺(ヨンビョン)の原子炉や使用済み燃料棒からプルトニウムを抽出する再処理施設を航空攻撃で破壊すべきだ、との声が高まり、米軍はその命令が出た場合に備えて、計画、準備を始めた。

 だが在韓米軍司令部では、「核施設を攻撃すれば北朝鮮朝鮮戦争の停戦協定は破棄されたとして、戦争再開となる公算大」との見方が強かった。ソウル北方約40kmの停戦ライン(南北境界線)のすぐ北には、朝鮮半島を横断する全長約230km、奥行き約30kmの地下陣地が朝鮮戦争中、中国軍によって築かれ、米軍の猛攻撃に耐えた。

 北朝鮮軍はそこにトラックに乗せた22連装の240mmロケット砲(射程60km)や、170mm長距離砲(同40km)など、砲2500門を配備していると見られた。戦争が再発すれば、韓国の人口の3分の1以上が集中するソウル首都圏が「火の海になる」との北朝鮮の呼号はあながち虚勢でもなかった。

 核施設を攻撃するなら、その以前か同時にこの大要塞地帯を制圧する必要があり、大規模な地上戦となる。在韓米軍による損害見積もりは、「最初の90日間の死傷者は米軍5万2000、韓国軍49万、民間人の死者100万以上」と出た。

 この報告は航空攻撃だけを考えていたワシントンの政治家、高官らに冷水を浴びせた。クリントン政権は攻撃を諦め、カーター元大統領に訪朝し金日成主席と会談するよう要請した。この会談で北朝鮮核兵器開発を凍結し、見返りに米国は軍用の高純度プルトニウムが抽出しにくい軽水炉を供与する、などの合意が成立、戦争の危機は回避された。

弾道ミサイルの監視は不可能
日本にも大量の避難民

 今日、「外科手術的攻撃」はその当時よりはるかに困難でリスクが大きい。原子炉や再処理施設は大型で空から丸見えだから航空攻撃で破壊するのは容易だったが、核弾頭はどこへでも隠せる。「核の弾薬庫はこのあたりにあるらしい」との情報もあるが詳細な位置は分からないし、本当かどうかも怪しいうえ、移動するのも簡単だ。

相手の反撃能力も弾道ミサイルになって格段に高まった。これを先制攻撃で破壊しようとしても、移動式発射機に載せて山間部のトンネルに隠し、出て来るとミサイルを立てて発射するからどこにあるか分からない。偵察衛星は地球を南北方向に1周約90分で周回し、地球は東西方向に自転するから、世界各地上空を1日約1回通るが、時速約2万8000kmだから北朝鮮上空は1分程で通過する。宇宙センターや飛行場、造船所など固定目標は撮影できるが、移動目標の監視は不可能だ。

 静止衛星は赤道上空を高度約3万6000kmで周回するから、地球の自転の速度と釣り合って止まっているように見える。電波の中継には便利だが、地球の直径の約2.8倍も離れた距離にあるからミサイルは見えず、その発射の際に出る赤外線(熱)を感知できるだけだ。

 最大高度が2万mに近いジェットエンジン付きグライダーのような無人偵察機「グローバル・ホーク」を多数投入し、交代で北朝鮮上空を旋回させておけば、発射機が出て来てミサイルを直立させる光景を撮影することは可能だが、平時にそれをやれば領空侵犯だし、低速だから北朝鮮の旧式ソ連製対空ミサイル「SA2」(射高2万5000m)でも容易に撃墜される。公海上空だけを飛ばせるのでは、多くが北部山岳地帯にあるとされる弾道ミサイルは発見できない。

 また先制攻撃で仮に一部の弾道ミサイルを破壊できたとしても、相手はすぐさま残ったミサイルを発射して来るから、ほぼ同時に全てのミサイルを破壊しないと危険で、それは至難の業だ。1994年に核施設攻撃を検討した際と同様、ソウルなどを狙う前線のロケット砲、長距離砲を処理するためには、地上戦で敵の陣地を潰して行くことも必要となるだろう。

 もし戦争になれば北朝鮮には最終的な勝ち目はないから、「死なばもろとも」の自暴自棄の心境となり、韓国の都市や米軍、韓国軍の基地だけでなく、横須賀、佐世保の両港や嘉手納、三沢、横田、岩国などの米軍飛行場に核ミサイルを発射する可能性は十分あるし、東京などを狙うかもしれない。

 仮に幸い日本が直接攻撃を免れたとしても、韓国から途方もない数の避難民が押し寄せることになろう。韓国への融資、投資は回収不能となり、その復興に巨額の寄与を迫られることになるだろう。日本では「米軍が北朝鮮を叩きつける」と期待し、それを快とする言動もあるが、戦争を現実的に考えない平和ボケのタカ派の発想だ。

韓国は精鋭特殊部隊編成
要人の動向を把握するのは困難

 第2次朝鮮戦争にならずに問題を解決する手法として、米国、韓国では特殊部隊の潜入で北朝鮮首脳部を処理して体制変革を図る、とか指揮、通信機能を麻痺させてミサイル発射を防ぐ、という策も論じられる。3月からの米韓合同演習「フォール・イーグル」にはオサマ・ビン・ラディンを殺した米海軍の「ネービー・シールズ」や陸軍の「デルタ・フォース」も参加し、その演習がテレビで放映された。韓国軍も「斬首作戦」のために1000名の精鋭特殊部隊を今年中に編成する計画という。

だが要人の所在をリアルタイムでつかむことは極めて困難だ。O・B・ラディンの殺害は米、英軍が2001年10月にアフガニスタンを攻撃してから10年後だった。米、英軍は2003年3月にイラクを占拠したが、サダム・フセインの拘束は9ヵ月後の12月だった。

 地下30m、コンクリートなら6mを貫通する電柱状の爆弾、「バンカーバスター」などで地下の司令部や通信中枢を破壊しようとしても、相手は他の地下壕に移っている可能性があるし、一時的に通信が途絶しても復旧すればミサイルを発射するだろう。

 特殊部隊による暗殺や破壊活動は、もし本当にやる気なら、極秘で計画、準備するものだ。そうでなければ相手は警戒して隠れ家を転々としたり、影武者を用意したりするなど、対抗策を取るからだ。「斬首作戦」を公言したり、演習を公開したりするのは、それを実行する気がないことを示している。あまりにも単純な威嚇だろう。

●失敗した「生かさず殺さず」
米中ともに妙策なし

 トランプ大統領の大胆な「独自の行動」としては金正恩委員長との直接対話も考えられる。だが会談でトランプ大統領が最大限の譲歩を示し「米国は北朝鮮と国交を樹立し、その安全を保障する。経済援助もするから核を廃棄しろ」と説いても、相手はいまや存立の唯一の頼りである核を捨てそうにはない。せいぜいが、「米国に届くICBMの開発は凍結する」と言う程度だろう。それでは日本や韓国は「我々はどうしてくれる」と反発する。米国内でも「無法者に褒美を出すのか」と非難が高まるだろう。

 中国が1992年に韓国と国交を樹立して以来、北朝鮮に対し続けてきた「生かさず殺さず」政策は、北朝鮮が自暴自棄になって暴発することを防ぐ効果があり、穏当な策ではあったが、所詮は問題の先送りだ。その間に北朝鮮は核・ミサイル開発に成功したのだから、これも失敗と言う外ない。この難題を解く妙策はトランプ大統領、習金平国家主席だけでなく、誰にもないのでは、と暗然たる思いを抱かざるを得ない。

(軍事ジャーナリスト 田岡俊次