STAPの悲劇を作った人たち(1)(武田邦彦)

●STAPの悲劇を作った人たち(1) 放送法の意味

(先日、このブログで笹井さんの自殺について扱ったが、あまりに可哀想な事件が起こったことから、記事の調子がこのブログの趣旨(常に前向き)と少し違ったので、いったん下げてキチンと論述することにした。内容としては同じである)


NHKは国民の預託を受けて放送業をしていますが、その時に国民と約束したことがあります。それが放送法で、特にその第4条が重要です。
一  公安及び善良な風俗を害しないこと。
二  政治的に公平であること。
三  報道は事実をまげないですること。
四  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

放送はNHKでも民法でも基本的には同じですが、特にNHKは国民から強制的に受信料をとり、日本人全員が良質な放送を見たり聞いたりできるように特別なシステムを持っていますので、良い方向を向けば国民にとっては有意義なことになりますが、間違ったことをしたらその被害はものすごいものになります。

だから、第4条に定められた4つの最低条件は、民放にも及びますが、まずはNHKが絶対に守る必要があるもので、この条件を守るからこそNHKというものが存在できるともいえます。

7月27日のNHKスペシャル、STAP事件を扱ったこの番組は第4条に大きく悖る(もとる、反する)もので、STAPの悲劇を招いた直接的原因になったと考えられます。NHKスペシャルは第4条の一、三にも反していますが、特にここでは“四”の重要性について整理をしてみたいと思っています。

社会生活を送っていると、時々、不意にトラブルに巻き込まれることがあります。それは自分が原因していることもあれば、他人から仕掛けられることもあります。日常的な小さなトラブルはともかく、社会的に問題になるようなことが起これば、その内容はともかく、日本人が相互に約束したこと(法律で決まっていること)によって裁判所で和解か判決を受けて処理できるという確信があります。

このような日本社会の基本を守ることは、NHKはもとより一国民としてもとても重要なことは言うまでもありません。“一”に書かれた「善良は風俗」というのをあまり大きく拡大してはいけませんが、まずは「法律を守ること」や「相手をゆえなく侮辱すること」などが大切でしょう。

ところが、ある特定の人が法律にも訴えずに、全国民にある個人の名誉に関係することを一方的に放送したり、報道されたりしたら、とんでもないことになります。幸福で平和な生活を一瞬にして特定の人の為に奪われることになります。そんな場合でも被害を受けたほうが裁判に訴えることができますが、NHKのような巨大な組織を相手に裁判を起こすこと自体が難しいのです。

まず、裁判になると訴えた一個人の方は仕事もできず、体力も消耗し、お金もかかります。一方、NHKの方は裁判担当弁護士をお金で雇い、大勢の人が分担し、それにかかった費用は受信料から支払うことができます。これでは形式だけ「もしNHKが一個人の名誉を傷つけたら裁判に訴えればよい」と言っても、それは形式だけであって、現実性のない話になります。

そこで、NHKという組織を置く前提として、この4つの項目を守ることをNHKは国民と約束しているのですが、特に“四”は重要です。「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」です。

この条文はとても大切(法律ですから、国民とNHKの約束なので、もともと「大切」とか「大切ではない」ということはなく、すべて「大切」)です。日本国民が法律で罰せられる場合は、キチンとした手続きがあり、十分な弁明の機会が与えられます。日本の裁判は「起訴されたら有罪」というところがあり、「裁判は死んだ」とも言われていますが、それでも弁明の機会は与えられます。

しかし、NHKがある特定の個人を葬ろうと思ったら、「放送」という権力を使って、手続きなしに個人を葬ることができます。そんなことをされたら、日本という自由で人権がある国に住んでいるとは言えなくなります。もしそんなことをNHKがしたら、日本は「NHK独裁国家」になり、いつ何時、社会的に葬り去られるか、あるいは精神的な圧力を受けて自らの命を絶たなければならない羽目に陥ります。

NHK政治団体でもなく、宗教団体でもなく、もしくは教育機関でもありません。単に国民がNHKという情報提供機関を作って、できるだけ正確な情報の提供を求め、それによって国民が正しく考えられるシステムを作ったに過ぎないのです。

STAP事件の当事者は、(故)笹井さん、小保方さん、丹羽さん、それに若山さんであり、この人たちと「意見が対立している人」というのは、「現在の日本にはいません」!! だからNHKがSTAP事件を報じるときには、研究者の言っていることを報じることはあり得ますが、STAP事件を批判している人のことを報じることはあり得ないのです。

STAP事件発生以来、当事者というのは、「STAPの研究者」、「理研」、それにかなり拡大すれば「文科省」ぐらいで、あとは「外野」、つまり「利害関係者」ではありません。それにもかかわらず、NHKが7月27日のNHKスペシャルで、仮想的な「反撃グループ」を中心に据えて、当事者のことを報じないというあり得ないことをして、当事者としての研究者に大きな打撃を与え、因果関係はまだはっきりしないものの、その直後に研究者の自殺を招いたことは日本社会にとってどうしても解明しなければならないことです。平成26年8月8日)